2016.1.9 16:10

【訃報】『ミニスカートの父』デザイナーのアンドレ・クレージュ氏が死去






 ミニスカート広めた仏デザイナーが死去 
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160109/k10010366041000.html
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記事によると
・1960年代にミニスカートの世界的な流行の火付け役となったフランスを代表するファッション・デザイナー、アンドレ・クレージュ氏が7日、パリ郊外の自宅で死亡

・92歳だった

・ミニスカートの世界的な流行の火付け役となるなどフランスのファッション界を代表する存在として知られている




この話題に対する反応


・ミニスカ好きは敬礼

・そんな偉大な方が…(´・ω・`)

・クレージュ氏、30年以上パーキンソン病と闘ってたのですか…

・この人のおかげでミニスカートがこの世に生まれ落ちたと考えると感謝しかない

・世界を永遠に変えた人物の1人。ご冥福をお祈りいたします。

・世界はまた偉大なる人物を失った…










アンドレ・クレージュ


アンドレ・クレージュ(Andre Courreges、1923年3月9日 - 2016年1月7日)は、フランスのファッションデザイナー。

1961年、アンドレ・クレージュが自身の名を冠したブランドを設立。

アンドレ・クレージュ(Andre Courreges)は1923年、南フランスのナヴァール地方の中心都市ポーの町で地主の息子として生まれる。当初は土木建築学を学ぶが兵役についたことをきっかけに飛行学校で学び、44年空軍パイロットとして兵役に従事。徐々にファッションに興味を持ち出し、第2次世界大戦後にパリに出てファッションを学ぶことを決意。

1946年、パリ高等服飾産業学院に入学し、47年にジャンヌ・ラフォーリのメゾンに入りデザインの基礎を学ぶ。51年、バレンシアガのメゾンに入り、衣裳構築の美学と技術を学ぶ。61年にバレンシアガのメゾンで出会い、後に妻となるコクリーヌ・バリエールと共に独立を果たす。

61年、パリのクレベール通りにサロンを開設して独立。初コレクションのデザインは造形的で、ミニを基調とした明るいイメージで、かつ動きやすい機能性を持たせたものであった。これが 大当りとなって一躍有名になった
が、最初の4シーズンはバレンシアガの影響を強受けたものであった。それ以後はソフトで軽やかな傾向が強まる。

64年A/W、「パンタロンルック」を発表、イヴニングドレスとしてパンタロンを提案し、スポーティで機能的な傾向を強調した。「パンタロンルック」は63年にも提案していたが本格的に話題になったのはこの年。65年に「ミニ・ルック」とよばれるミニ・スカートを発表。このミニ・ルックは、それまでオート・クチュールでは表現されず最も醜い身体部分とされてきた膝頭を解放した。これは爆発的なブームをよんだ。

65年のミニスカートの爆発的なブームに伴い、粗悪なコピーが氾濫。これに失望したクレージュは3シーズンにわたる活動を休止した。












ファッションだけでなく、昨今のオタク文化にも色んな意味で多大な影響を与えたお方

ご冥福をお祈りします