2016.1.20 21:45

【すげえ】日本で戦闘機『零戦』の飛行が実現!1月27日、鹿屋航空基地で再び空へ







戦後初 零戦、再び日本の空を舞う 「先人が築いた技術をみよ」 1月27日、鹿児島県鹿屋市
http://www.sankei.com/west/news/160120/wst1601200101-n1.html
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記事によると
零式艦上戦闘機(零戦)が、1月27日に海上自衛隊鹿屋航空基地(鹿児島県鹿屋市)の上空を飛行する

・基地内への立ち入りは禁止だが、周辺で飛ぶ様子を見ることができる

・2010年5月、国内で零戦を飛ばす「零戦里帰りプロジェクト」が設立された

・リーマン・ショックの資金難や、関係省庁との交渉難航などを経て、ようやく公開飛行にこぎ着けた

・米国人パイロットと整備チームの滞在費や機体の送料などを考えると、まだ約2000万円の資金が足りないという




この話題に対する反応

・零戦遂に飛ぶのかぁ…。支援してよかったで。
カンブリア宮殿の構図まんまだけどいや、ほんとよかった。

・飛んでる零戦見てみたいよぉぉぉ

・零式艦上戦闘機が帰ってくるのか
素晴らしい。

・戦後初とありますが1995年に茨城県龍ケ崎市で飛んでいますよ。産経さん。。。

・うわーマジか行きたいなぁ

・なんとしても飛ばして欲しい、零戦は男のロマンなのだから

・零戦が飛ぶの見たすぎる・・・・

・平和な日本へおかえり、零戦。










零式艦上戦闘機 - Wikipedia

零式艦上戦闘機(れいしきかんじょうせんとうき)は、第二次世界大戦期における日本海軍(以下、海軍と表記する)の主力艦上戦闘機。零戦(ぜろせん)の略称で知られている(以下、零戦と表記する)。試作名称は十二試艦上戦闘機。連合軍側のコードネームは『ZEKE(ジーク)』。 支那事変(日中戦争)から太平洋戦争初期にかけて、2,200 kmに達する長大な航続距離・20mm機関砲2門の重武装・優れた格闘性能を生かして、米英の戦闘機に対し優勢に戦い、米英のパイロットからも「ゼロファイター」と呼ばれた。太平洋戦争中期以降には、アメリカ陸海軍の対零戦戦法の確立やF4UコルセアやF6Fヘルキャットなど新鋭戦闘機の大量投入で劣勢となったが、後継機の開発の遅れによって、終戦まで日本海軍航空隊の主力戦闘機として運用された。また、用途も拡大して、戦闘爆撃機や特攻機としても使われた。
開発元は三菱重工業(以下「三菱」という)。三菱に加え中島飛行機でもライセンス生産され、総生産数の半数以上は中島製である。生産数は日本の戦闘機では最多の約10,000機。

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1995年 茨城県の竜ヶ崎飛行場でのフライト









里帰りプロジェクトがようやく達成できそう

フライトが終わった後はどうするんだろう 日本で保管するのかな










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