2016.3.17 11:40

【訃報】名馬・メジロライアンが本日朝、死亡 メジロ牧場の系譜がここに消える






メジロライアンの死亡について
http://www.meiba.jp/news/view/2316


(記事によると)

1991年宝塚記念等の優勝馬メジロライアンが本日(3月17日)の朝に死亡していたことがわかった。

レイクヴィラファーム 岩崎義久氏より

「現役時代から多くのファンに応援をして頂きありがとうございました。
種牡馬を引退してからこちらに移動してからも多くのファンが毎年会いに来てくださいましたので残念でなりません。
応援してくださった方々に、この場を借りてお礼申し上げます。」

生涯獲得賞金は48,693.0万円
(人気馬の訃報のため、元サイトが非常に重くなっております)


メジロライアンについて

メジロライアン(1987年4月11日 - 2016年3月17日)は、日本の競走馬、種牡馬。
中央競馬クラシック三冠競走で惜敗を続けたのち、1991年の宝塚記念に優勝。大物感を漂わせる馬体や、反面の惜敗の多い成績から女性ファンを中心として人気を博した。のちに中央競馬の関東トップ騎手となる横山典弘に大きな影響を与えた馬としても知られる。1993年より種牡馬となり、GI競走5勝を挙げたメジロドーベル、天皇賞(春)優勝馬メジロブライトらを輩出。内国産種牡馬不遇とされた1990年代半ば以降に有力馬として活躍した。2007年に授精率低下のため種牡馬引退。
半姉に重賞競走2勝のメジロフルマー(父ロンバード)と京都大障害(春)優勝馬メジロアニタ(父メジロエスパーダ)がいる。
馬名は馬主メジロ牧場の冠名「メジロ」に、メジャーリーグベースボールの通算最多奪三振投手ノーラン・ライアンの「ライアン」を加えたものである。

GI制覇 - 故障引退
翌1991年は得意の中距離戦である中山記念から始動するも、スローペースで逃げた牝馬のユキノサンライズを捉えきれず2着。熱発を経て臨んだ天皇賞(春)では、父子3代天皇賞制覇を成し遂げたメジロマックイーンを後方から追い上げた4着に終わり、競走後には横山典弘の騎乗問題に発展した。しかし周囲の説得もあって続投が決まり、春のグランプリ・宝塚記念に出走する。当日はマックイーンが圧倒的な1番人気、本馬は離れた2番人気であった。レースではこれまでの後方待機策ではなく、第3コーナーから一気にペースを上げて直線入り口で先頭に立つと、そのままゴールまで押し切り、追い込んできたマックイーンに1馬身半差を付けて優勝、念願のGI制覇を果たした。

しかし、夏に休養に入った先で屈腱炎を発症し、秋の目標とした天皇賞回避を余儀なくされる。年末の有馬記念で復帰するも12着と大敗し、翌1992年1月のアメリカジョッキークラブカップ(横山の騎乗停止で的場均騎乗)でも6着に敗れた。続く日経賞で2着に2馬身半差を付けて復活勝利を挙げるも、直後に屈腱炎を再発し、再度休養に入る。その後は前年回避の天皇賞(秋)を目指して復帰が図られたが、患部が回復することはなく、このまま競走馬引退となった。10月25日、東京競馬場で引退式が行われ、宝塚記念のゼッケン「1」を付けてラストランが披露されたのち、メジロライアンは種牡馬入りのため北海道へ戻った。

(詳しくはWikipediaへ)




- この話題に対する反応 -




・メジロライアンといえば競馬をはじめるずっと前に少年マガジンに漫画が載ってたことを思い出すのとブライトを好きな友達が今何をやっているのかが気になる

・メジロライアン逝去。
安らかに。

・まじかよ・・・

・メジロライアン死亡・・・また一頭、思い出の名馬がいなくなると共に、
名門メジロ牧場の血が消える。。。
今もまだあのオグリキャップラストランで沸いた有馬記念での
大川慶次郎氏の「ライアン、ライアン」と解説席で叫ぶ声が
忘れられない。
夢を希望をありがとうライアン。
安らかに。。。。

(メジロ牧場は2011年に解散)










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そういえば29歳でかなりの高齢だったんだよね・・・


ゆっくり休んでください・・・