2018.4.9 17:00

サッカー日本代表 ハリル監督の解任が正式発表!後任は技術委員長の西野朗氏



ハリルホジッチ監督の解任を正式発表…後任監督は技術委員長の西野朗氏に決定 
https://www.soccer-king.jp/news/japan/national/20180409/740032.html

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記事によると
・日本サッカー協会は9日、日本代表を率いるハリルホジッチ監督の解任を発表した

・後任監督は、2016年から日本サッカー協会の技術委員長に就任していた西野朗氏に決定

・西野氏はガンバ大阪で明治安田生命J1リーグ優勝や天皇杯優勝などを経験し、Jリーグ監督通算勝利数は、歴代1位の270勝










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この記事への反応



正直西野氏は火中の栗を拾いに行った気がするんだけど

正直誰がやっても予選突破は難しいと思うけど西野さん頑張ってください!

とうとう西野氏がサッカーA代表の監督か。もう63歳なのに、ずっと若いイメージ。

ハリルさん解任なの?…え?? 今知ったんだけど…。え?この…タイミングで?

監督が誰かの問題じゃない
それで勝てるならどこも苦労しないでしょ
監督変えようが予選敗退既定路線


ハリルさんのサッカーは本大会ではハマる気がしてたんだけどな。
何を観て判断したのか分からないけど、このタイミングでの解任は理解に苦しむ。


判断が遅すぎだと思うけど…
これなら0勝3敗でも、急に監督変わったし無理だったっすって言えるようになったからいいんじゃない?


いい選手は揃っているんだから、うまく監督がコントロールして組織を作ればいいだけ。

ハリルには申し訳ない気持ちでいっぱい。他にオファーもあっただろうにこんな国の監督を引き受けてくれて...にも関わらずこんなことになっては...

日本サッカー協会の会長もあんぽんたんだな
西野朗さんには不満はないが








西野朗 - Wikipedia

西野 朗(にしの あきら、1955年4月7日 - )は、埼玉県浦和市(現・さいたま市)出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションは主に攻撃的ミッドフィールダー(MF)。2018年4月9日付で、同月7日に解任されたヴァヒド・ハリルホジッチ監督に変わり日本代表監督に就任した。

埼玉県立浦和西高等学校を経て、早稲田大学教育学部に入学して、ア式蹴球部に所属。在学中に日本代表に選出された。1978年に日立製作所へ加入以降はプレーに精彩を欠き伸び悩む。その後、復活を果たし1985年に日本サッカーリーグタイ記録の8試合連続得点をあげベストイレブンにも選出された。また、晩年にはスイーパーを務めることもあった。しかし、天才肌のMFである一方で淡白な部分があり、日立加入初年の1978年を最後に日本代表には呼ばれず、1990年に現役を引退した。


1991年からU-20日本代表監督を務め、1994年に、アトランタオリンピック本大会出場を目指すU-23日本代表監督に就任。28年ぶりとなる本大会出場、本大会でのブラジル戦での勝利(マイアミの奇跡)で名を挙げる。

1998年に日立製作所を前身とする柏レイソルの監督に就任し、1999年にはナビスコカップ優勝に導き、クラブ・西野自身にとって初のタイトルを獲得する。2000年はタイトルこそ獲得出来なかったが、2ndステージは鹿島アントラーズと最後まで優勝争いを繰り広げ、2位というクラブ史上最高の成績を残し(年間獲得勝ち点は1位であった)、自身初となるJリーグ最優秀監督に選ばれた。しかし、翌2001年には、ユ・サンチョルが横浜Fマリノスから加入したが、優勝争いに加わる事ができず1stステージは6位に終わった。1stステージ終了後に成績不振を理由に解任された。

2002年よりガンバ大阪の監督に就任。Jリーグ開幕以降タイトルと無縁だったクラブを上位陣に押し上げ、就任4年目の2005年にG大阪と自身にとっても初となるJ1リーグ優勝を達成し(2005年J1最終節)、2度目のJリーグ最優秀監督賞を受賞。

2008年にはAFCチャンピオンズリーグを制し、AFCからアジア最優秀監督に選ばれ、FIFAクラブワールドカップ2008準々決勝のアデレード・ユナイテッドFC戦では、日本人監督としてFIFA主催の公式大会で初めて勝利を挙げた[2]。更に、天皇杯優勝を達成し、国内3大タイトルの全てを制覇した。またこの年、Jリーグクラブの監督在任最長期間記録(トニーニョ・セレーゾ 鹿島監督)を更新した。

2010年は開幕前からケガ人が相次いだ影響などにより、前半戦は絶不調に陥るが、後半戦は持ち直し、リーグ2位に押し上げる。しかし、天皇杯3連覇を逃し、2006年以来4年ぶりにシーズン無冠に終わった。就任10年目で迎えた2011年も無冠に終わりガンバから同年限りで契約満了(事実上の解任)を通告された。

2012年5月19日、成績不振により解任された和田昌裕の後任としてヴィッセル神戸の監督に就任。しかし、同年11月8日成績不振により解任[1]。尚、2012年の残り試合は、コーチの安達亮が指揮を執る事になった。

2014年シーズンから名古屋グランパスの監督に就任。2シーズン指揮を執ったが好成績を残せず、内容を含めチームは停滞。2015年末、契約期間満了により退任(事実上の解任)。

なお2015年末現在のJリーグ監督通算勝利数270勝は、歴代1位となっている。










すごいタイミングで監督交代…W杯どうなるか
ハリルさんお疲れ様でした