2018.6.8 15:45

秋葉原無差別殺傷事件から10年 あの頃から秋葉原って変わったよね



コスプレ減少、ホコ天は様変わり 秋葉原事件から10年

https://www.asahi.com/articles/ASL5X3QJ9L5XUTIL00T.html
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記事によると
・家電量販店の店頭放送や、アイドルのイベント告知でにぎやかな昼下がりの東京・秋葉原。

日曜日の歩行者天国(ホコ天)を行き交う人の姿は、無差別殺傷事件からの10年間で様変わりした。コスプレ姿の若者は減り、目立つのは路上で思い思い

・「外国からお客さんが集まるのは安心して過ごせるようになった証し」。ホコ天を運営する秋葉原地域連携協議会「アキバ21」の大塚實会長(84)は話す。事件の影響で一時中止された2008年以降、地元住民や商店街の意見をまとめてきた。

・事件後、ホコ天を再開して人を呼び戻したい商店街と、不安視する住民とで意見は割れた。大塚さん自身、1973年に始まり、道の真ん中にパラソルが並んでにぎわったホコ天を住民として見てきた。「危険なイメージを変えることが先輩たちへの恩返し」。子連れが少なくなった街を見て、再開へのまとめ役を買って出た。





秋葉原通り魔事件

秋葉原通り魔事件(あきはばら とおりまじけん、英語: Akihabara massacre)とは、2008年(平成20年)6月8日に東京都千代田区外神田(秋葉原)で発生した通り魔殺傷事件。7人が死亡、10人が負傷(重軽傷)した。マスメディアや本件に言及した書籍においては秋葉原無差別殺傷事件と呼ばれることが多い。

事件概要

2008年6月8日12時30分過ぎ、東京都千代田区外神田四丁目の神田明神通りと中央通りが交わる交差点で、元自動車工場派遣社員の加藤 智大(かとう ともひろ、1982年9月28日[1] - 、犯行当時25歳)の運転する2トントラック(いすゞ・エルフ)が西側の神田明神下交差点方面から東に向かい、中央通りとの交差点に設置されていた赤信号を無視して突入、青信号を横断中の歩行者5人をはねとばした。

このトラックは交差点を過ぎて対向車線で信号待ちをしていたタクシーと接触して停車。周囲にいた人々は最初は交通事故だと思っていたが、トラックを運転していた加藤は車を降りた後、道路に倒れこむ被害者の救護にかけつけた通行人・警察官ら17人を、所持していたダガーで立て続けに殺傷した。

さらに、加藤は奇声を上げながら周囲の通行人を次々に刺して逃走。事件発生後まもなくして近くの万世橋警察署秋葉原交番から駆けつけた警察官が加藤を追跡し距離を詰めたところ、防護服を斬り付けられるなど命の危険に晒されるも、警棒で加藤の側頭部を殴りつけるなどして応戦し、最後には拳銃の銃口を加藤に対して向け、武器を捨てるよう警告し、応じなければ拳銃を発砲することを通告した。それに応じダガーを捨てた加藤を非番でたまたま居合わせた蔵前警察署の警察官とともに取り押さえ、旧サトームセン本店(現・クラブセガ秋葉原新館)脇の路地で現行犯逮捕にて身柄を拘束した。これらはおよそ5 - 10分間ほどの間の出来事だった。

事件当日は日曜日で、中央通りは歩行者天国の区域となっていた。この日も多くの買い物客や観光客でごった返しているなかの凶行であり、事件直後に多くの人々が逃げ惑い、また、負傷者が横たわる周囲が血の海になるなど事件現場はさながら戦場の様相を呈しており、まさに白昼の惨劇であった。加藤はナイフは他にも5本所持していたことが明らかになった。


オタク

『夕刊フジ』により氏名不詳の同僚の証言として「加害者は「2D(アニメなど2次元世界)しか興味ない」と公言し「秋葉原のメイド喫茶を案内した」といった、加藤がオタクであることが犯罪の要因となったことを匂わせる報道が行われ、また掲示板の書き込みに基づき「事件数日前にネット掲示板で殺人ゲームであるひぐらしのなく頃にとGTAに言及した」という報道も行われた[58]。しかし、加藤の実弟は、加藤家ではビデオゲームは週に一度土曜にわずか1時間許されるのみで、中学の卒業文集に出ていた「テイルズ オブ デスティニー」は3番目に買ったもの、漫画や雑誌なども読んだことがなかったと証言しており[59]、ひぐらし・GTAもなりすましへの警告として持ちだしただけで未購入、加藤自身も「オタクも理由ではない」と否定している。

そもそも加藤は友人関係を維持するために相手に合わせて特定の人格を演じており、「オタクで生身の女性に興味がないキャラ」は友人関係の中でそれを維持し笑いを取るためのネタであった。加藤にとってゲームは他者と交流するための媒介で、それ自体が目的でなく、むしろゲームは万人にとって犯行を抑止する理由となるとしている。

加えて同じ加藤の友人への取り調べで、加藤が夢中になっていたとされる同一のゲームのことを警察の調書では「暴力的なゲーム」としながら、検察の調書では「女の子がたくさん登場する、萌えゲーム」とするなど、捜査機関がゲーム原因説に沿うように、矛盾する調書を作ったことなどその出鱈目ぶりを批判している。

歩行者天国の中止

通り魔事件は、事件当時秋葉原で実施されていた歩行者天国にも悪影響を与えた。事件発生を受けて、千代田区と万世橋警察署、地元町会で歩行者天国の在り方を検討することとなり、毎週日曜日および祝日の12時から17時まで、中央通りで実施していた、歩行者天国の当面の中止を、東京都公安委員会が決定した

その後、自治体や地元町会・商店街の検討会により、住民によるパトロールの実施・監視カメラの設置、安全に関する協定の制定など防犯体制の案がまとまり、2010年(平成22年)の夏休みを目処に再開することを予定していた[70]。しかし警察庁から、地元からも警備要員を出すように要望があり、その体制がまとまらなかったことから、歩行者天国の再開時期が報じられては延期という状態がしばらく続いていた。。最終的には、路上パフォーマンスを警戒する警備要員を一定数、常時巡回させる計画でまとまり、地元住民の同意もほぼ得られたとして、2011年(平成23年)1月からの歩行者天国再開を、2010年(平成22年)12月中に東京都公安委員会に諮ることとなった

歩行者天国の再開
その結果、毎週日曜日のみ、実施時間を13時から17時(4月以降は18時)までとし、実施区間も従来より200メートル短縮したうえで、2011年(平成23年)1月23日より歩行者天国が再開されている。また、歩行者天国実施中は事件再発防止の観点から、事件が発生した交差点への車両の進入が禁止となった。再開は試験的なもので、期間は2011年(平成23年)6月26日までを予定している。歩行者天国は2011年(平成23年)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)による、余震や計画停電が懸念されたため一時中止されたが、計画停電の影響が薄れたことや地元商店から再開の要望が多かったため4月17日より歩行者天国が再開された。


この記事への反応



あれから10年、こういう人たちの努力の結果が今なんだな

10年経つんですね。プリンターのインク買いに行こうとしたら、ニュース特番始まって驚いた。

もう10年経つのか…

今は、TwitterやSHOWROOM経由で売っていく時代になったからなぁ。

日本に来て3年目にこの事件が起きた。当時はテレビ越しで知ったが、ちょうど一週間前に初めて秋葉原に行ってた。んで、ビビって特にようがないと行かないことにしてる💦

まだ10年、もう10年。この事件知らん世代がもう出てきてるんだよなぁ…。

大好きな場所だったのに、今ではただのオフィス街。昔は本当に良かった、、

もう10年なのねー。当日は休みだったけど、事件直後のピリピリした雰囲気は覚えてるなー。

ヨドバシとUDXできてから行かなくなったけど今はどんな街だろうな。どんな人が何しに行くんだろうな。














あれから10年か
家賃軒並み上がったせいか古い店はどんどん閉まってる感じ
飯屋やオフィスも増えて、どんどん様変わりしたよなぁ