2018.7.7 00:55

ブラウニーズ・亀岡慎一氏「ブラウニーブラウンは(任天堂の)100%子会社なので好きなものを作れなくて会社を出た」「スイッチでRPGっぽい作品を作りたい」






記事によると
・2018年5月12日、13日に京都で開催されたインディーゲームの一大祭典BitSummit Volume 6にてブラウニーズの代表 亀岡慎一氏へインタビューを行った。

以下、気になった部分を抜粋して要約


(ステージイベントで『エグリア~赤いぼうしの伝説~』は、インディーゲーム的な作りかただったとのお話があったが)
「そもそもスクウェアを飛び出したのも、あのときは絵的に好きなことができないということで、『ここにいてもしょうがないな』って思ったから。で、ブラウニーブラウンを立ち上げたときは、『会社を作ったんだから、もうちょっと好きにできる』って思ったが、100%出資してもらった子会社ということもあり、当然なんですけども、何かをやろうとすると口を挟まれる。『ここでも好きなものを作れない』ということで、その会社も出てしまった。
『自分のお金で会社を作らないと、好きなことはできないんだな』ということは、すごく学んで、そこからブラウニーズを立ち上げた。」


(ステージではコンシューマーゲームに対する意欲を語っていたが)
「エグリアを作ったあとで「もっとやりたい」という欲求が出てきた。」
「念願の“自分の創りたいモノ“は作れたが、いまはもう少し“遊んでもらいたいモノ“を創ろうという気持ちも沸き上がってきた。」

(方向性は見えている?)
「もうちょっとRPGっぽい作品を作ろうかなという想いはある。」
コンシューマーでゲーム作りだけに集中して作りたいという想いがあって、Nintendo Switchでやってみたいなと。ちょうどいい感じのハードが出たので。」

「Nintendo Switchっていいですよね。あえて、ハイエンドのグラフィックにこだわらなくてもいいし。以前、任天堂の方と、『へんに革新性を求めるよりも、つぎのハードは開発者が喜ぶハードを作ったほうがいいのでは?』と話をしたことがあったんですね。つまり、開発のしやすいハードですね。そんなことを言っているうちに、Nintendo Switchがそういう方向性になってきているので……。」





1-UPスタジオ

1-UPスタジオ株式会社(ワン-アップスタジオ、英: 1-UP Studio Inc.)は、主にコンピューターゲームソフトウェア開発を行う日本の企業。旧商号「株式会社ブラウニーブラウン」。

概要
2000年6月30日、任天堂の100%出資によって「株式会社ブラウニーブラウン」設立。2013年2月1日に現在の社名に商号変更した。

会社設立の経緯
株式会社スクウェア(現:株式会社スクウェア・エニックス)時代の『聖剣伝説』シリーズ(『聖剣伝説 LEGEND OF MANA』)開発チームメンバーの中で、2000年1月にスクウェア経営陣から打ち出された『ファイナルファンタジー』シリーズへの開発資源の集中投入、ひいてはこれまで『聖剣伝説』などを作ってきた従業員の転属及び再配置、『聖剣伝説』シリーズに代表される2Dグラフィックスのゲームソフトの開発縮小方針、通称「FFシフト」と呼ばれる決定に反発し、新たな活躍の場を求めて退社した亀岡慎一(グラフィックデザイナー)、穴澤友樹(プログラマー)、津田幸治(グラフィックデザイナー)、井上信行(プランナー・シナリオライター)が、2Dゲームを主力とする携帯ゲーム機「ゲームボーイアドバンス」の発売を控えていた任天堂の出資を仰いで設立した会社。任天堂の100%子会社・セカンドパーティーとしての位置付けとなる。

まもなく、プログラマーの平石有孝、グラフィックデザイナーの北上弘、松浦聖、門井元、今川伸浩ら、『聖剣伝説 LEGEND OF MANA』の開発を共にした開発メンバーらが入社。彼らも開発に加わって、ブラウニーブラウンの処女作であるゲームボーイアドバンス用ソフト『マジカルバケーション』が完成、発売に至る。

ちなみに、『聖剣伝説 LEGEND OF MANA』において、亀岡慎一はキャラクターデザイン及びイラストレーションを、穴澤友樹はメインプログラミング及びバトルプログラミングを、津田幸治はアートディレクション及びメイン背景マップデザインを、井上信行はシナリオ、イベント作成のメインを、それぞれ担当した人たち。いずれも、同コンピュータゲームソフトの開発における企画、グラフィックデザイン、プログラム開発のメインスタッフであった。実はこのとき、当時のスクウェアの2Dゲームソフト開発における主要なスタッフがごっそり退社してしまう一大事変が起こっていたのである。
スクウェアを感情的に好ましく思っていない時期もあったようだ。『マジカルバケーション』における、通称「ヒゲのオキテ」と呼ばれる、キード・モンガのドワーフのセリフの内容が、彼らの苦悩をあらわしていたものだと言われている。しかしながら、2002年3月8日に明らかになったスクウェアと任天堂の対立関係の解消(関連ニュース)をきっかけとして、『新約 聖剣伝説』においてブラウニーブラウンとスクウェア・エニックス(旧スクウェア)の共同開発プロジェクトが実現し、わだかまりは解けたようである。

『新約 聖剣伝説』後は、『聖剣伝説DS CHILDREN of MANA』の開発には関わらなかったが(開発は株式会社ネクスエンタテインメント)、その次の『聖剣伝説 HEROES of MANA』では再びブラウニーブラウンが開発を担当した。

自社企画によるゲームソフトとしては、ブラウニーブラウンの処女作である『マジカルバケーション』、及び続編の『マジカルバケーション 5つの星がならぶとき』を企画・開発している(発売元は任天堂)。また、糸井重里企画・シナリオのゲームボーイアドバンス用ソフト『MOTHER3』の開発を任天堂企画開発本部第三グループの田邊賢輔指揮の下行った。

開発体制としては、2005年4月2日の時点で従業員20数名のうち、プログラマーは3人と極端に少なく[1]、逆にグラフィッカーや、特にプランナーが多く在籍している。このプログラマー3人の体制で『MOTHER3』や『マジカルバケーション 5つの星がならぶとき』といった複数のゲームソフトを同時並行的に開発していた。

2013年2月1日、社名を1-UPスタジオ株式会社に変更した。同時に亀岡慎一が代表取締役社長から退任し、グラフィックデザイナーの門井元が代表取締役社長に就任した。亀岡は新たに株式会社ブラウニーズを設立した。












やっぱりどこかの会社の息がかかってると
本当に自分が作りたいものを作るってのは難しいんだろうね
次の作品はどんなものになるんだろう






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